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東京地方裁判所 平成5年(ワ)13031号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

津田玄児

安藤朝規

被告

全国労働者共済生活協同組合連合会

右代表者理事

藤原久

右訴訟代理人弁護士

遠藤誠

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金六〇〇万円及びこれに対する平成五年八月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、こくみん共済という個人定期生命共済(以下「本件生命共済」という。)事業を行っており、原告は、被告との間で被共済者を原告として本件生命共済契約を締結した。

本件生命共済では、被共済者の重度障害が、共済金支払事由である共済事故とされ、右重度障害とは、本件生命共済の規約(乙第一号証)の別表第一「身体障害等級別支払割合表」(以下「本件別表」という。)のうち、第一級、第二級及び第三級二、三、四の身体障害をいう。

2  原告には、異形狭心症、肺気腫、精神的不安定の三つの疾病等があって、これらの合併症による原告の障害は平成三年四月四日に固定し、その程度は少なくとも本件別表の第二級二の三に該当するので、本件生命共済の共済金支払事由である重度障害がある。

3  原告の掛金額(月額三〇〇〇円C型)に従った本件生命共済の共済金は六〇〇万円である。

4  よって、原告は、被告に対し、共済金六〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年八月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  請求原因2は否認する。

本件生命共済においては、その基本となる労働者災害補償保険法規の解釈運用に従い、原則として、被共済者の傷病が、これに対して行われる医学上一般に承認された治療方法(以下「療養」という。)をもってしても、その効果が期待し得ない状態(療養の終了)で、かつ、残存する症状が、自然的経過によって到達すると認められる最終の状態(症状の固定)に達したときに「障害となった」として、その補償を行うものであり、言い換えると、傷病に対する治療方法がある場合には療養は終了しておらず、また症状の固定があったとはいえないから、障害となったという要件に該当しないところ、原告の疾患である狭心症は症状が固定するとはいいがたい疾患であること、原告は現在も薬剤の投与等の治療を受けていること、原告に対してカテーテル検査をすれば有効な治療方法が見つかる可能性があり治療方法がないとはいえず、療養が終了したとはいえないことなどに照らすと、原告が障害となったとはいえない。

また、仮に、原告の症状が固定し、なんらかの障害となったといえる場合でも、その障害の程度は、本件別表の第五級一の三、第七級五、第九級七の三のいずれかであって、共済金支払事由である重度障害にあたる本件別表第一級四、第二級二の三又は第三級四より下位の等級にしか該当しないので、原告の障害は、本件生命共済にいう重度障害ではない。

3  請求原因3は認める。

三  抗弁(時効)

本件生命共済は、規約により、共済金受取人が、共済事故の発生を知ったときから共済金の請求手続を二年間怠ると、被告が共済金を支払う義務を免れる。仮に、平成三年四月四日、原告が重度障害になったとしても、本訴提起は、それより二年以上経過した平成五年七月一四日である。

被告は、本件口頭弁論期日において右時効を援用する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

争う

五  再抗弁

1  時効の中断

本件生命共済の規約は、共済金請求手続を訴訟上の請求に限っていないところ、原告は、平成四年六月二〇日、被告に対し、共済金の支払請求をしたので、時効は中断した。

また、規約による審査手続がある場合は、労働者災害補償保険法三五条二項により、不服申立てとしての「審査請求又は再審査請求は、時効の中断に関しては、これを裁判上の請求とみなす。」とされているから、本件においても、原告のした平成四年七月の審査請求により、時効は中断した。

さらに、平成五年三月ころ、同月九日付けの共済金の支払を拒否する旨の被告からの審査の回答に対し、原告は被告に対し、電話で異議を述べたが、これは時効の中断事由としての催告にあたり、原告による同年七月一四日の本訴提起により、時効は中断した。

2  信義則による時効期間の進行停止

原告の共済金請求権の消滅時効は、規約に基づく審査手統終了まで、信義誠実の原則に基づき進行しないと解すべきところ、平成四年七月以降同五年五月まで審査手続等が継続していた。

六  再抗弁に対する認否

原告が、平成四年六月二〇日ころ被告に対し共済金の支払請求をしたこと、被告による共済金の支払拒否等に関して審査請求等をしたこと、本訴の提起があったことは認め、その余は争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。

理由

一  請求原因1及び3の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に乙第一号証、弁論の全趣旨を総合すれば以下の事実が認められる。

被告は、共済契約者から共済掛金の支払を受け、被共済者について共済期間中に生じた死亡及び重度障害を共済事故とし、共済事故の発生により共済金を支払うという、こくみん共済という名の個人定期生命共済(本件生命共済)事業を行っている。本件生命共済においては、死亡共済金と重度障害共済金の額は同一である。

本件生命共済の本件別表は、労働者災害補償保険法施行規則別表第一「障害等級表」に基づき身体障害の状態とその等級等を示した表である。

本件生命共済における重度障害とは、規約により、本件別表の第一級、第二級、第三級二、三、四のいずれかの身体障害の状態その他この会が認めるものをいうとされ、また、身体障害とは、本件別表に規定する身体障害の状態をいうと定義されている。さらに、本件別表において、身体障害とは、病気又は傷害が治癒したときに残存する障害をいうと定義されており、その中で、胸部臓器の疾患に基づく障害としては、第一級四「胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」、第二級二の三「胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、随時介護を要するもの」、第三級四「胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」、第五級一の三「胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」、第七級五「胸腹部臓器の機能に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」、第九級七の三「胸腹部臓器の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」、第一一級九「胸腹部臓器に障害を残すもの」がある。

二  そこで、原告に共済金支払事由である重度障害が認められるか否か検討する。

1  原告は、原告の疾病は、異形狭心症、肺気腫、精神的不安定の三つの要素が相互に影響しあう合併症であって、その症状は平成三年四月四日に固定し、右疾病のため原告は労働能力が全くなくかつ生命維持に必要な身の回りの処理について他人の介護を随時要する状態で、本件別表の第二級二の三に該当する重度障害であると主張し、甲第九九号証(原告の陳述書)及び原告本人尋問の結果には、原告には胸痛、動悸、呼吸困難等の症状があり、安静時にも呼吸苦があり、軽い食事等の活動によっても心悸亢進、呼吸苦、めまいが発生すること、酸素ボンベを常備し、酸素吸入をしていること、部屋の各所にニトログリセリンを置いておき、発作時に服用していること、タクシーを使って病院に行ったり、家の近辺を稀に散歩するほかは、部屋の中で生活していること、買物等は親戚の同居人にしてもらっていることを述べる部分があり、乙第九、第一一、第一三号証にも原告主張事実に符合する記載がある。

2  ところで、前記一のとおり、本件生命共済において、身体障害とは、病気又は障害が治癒したときに残存する障害をいうところ、乙第二、第八、第一〇、第一二号証及び弁論の全趣旨によれば、本件生命共済において、治癒したときに障害が残存するとは、通常、傷病に対して行われる医学上一般にされた治療方法(療養)をもってしてもその効果が期待し得ない状態(療養終了)で、かつ、残存する症状が自然的経過によって到達すると認められる最終の状態(症状の固定)に達したことをいうこと、ただし、被告においては、症状が固定していない場合であっても、療養効果が期待できない状態(回復の見込みがない状態)で症状の固定に至るまでかなりの期間を要すると見込まれる場合は、症状が固定したものとみなして取り扱う基準(運用基準)があることが認められる。

この点、鑑定人野本淳の鑑定の結果によれば、原告の疾病である異形狭心症は、動脈硬化性変化に基づいて発生する冠動脈の狭窄、痙攣により心筋に可逆性の虚血性変化が起こる疾患であり、一般的には進行性であるが、より重篤で不可逆的な疾患である心筋梗塞に至るまでは、完全に不可逆性のものではなく、手術や冠動脈カテーテル検査により診断や治療薬が明らかになり治癒する可能性があること、右冠動脈カテーテル検査は一定期間(五年くらいのインターバル)をおいて複数回行うことが望ましいこと、原告は、昭和五九年冠動脈カテーテル検査を受けたがその後冠動脈カテーテル検査を受けていないこと、現在、原告に対し冠動脈カテーテル検査を行うことは、原告が狭心症、肺気腫等の疾病を有するとしても、医学的に十分可能であること、ところが、原告は、カテーテル検査を受けることを望まず、昭和五九年の検査後は、同検査を受けていないことが認められる。

右認定の事実によれば、原告については、原告がカテーテル検査を受けることを望まないこともあって、未だ十分な診断がされていない(したがって、治癒のための療養の方法がないとはいえない。)のであるから、前記の甲第九九号証の記載、原告本人の供述の結果にもかかわらず、原告は未だ療養効果が期待できない状態に至っている、言い換えると療養が終了しているとはいえず、かつ、症状が固定したともいえないことは明らかである。

3  また、胸腹部臓器の機能の障害やその障害に基づく労働能力の喪失は、医学的見地から客観的に判断されるべきものと解されるところ、鑑定人野本淳の鑑定の結果によれば、鑑定人は、原告に対し、平成六年五月及び六月慈恵医大において、問診、聴打診、心電図、負荷心電図、エックス線撮影、心臓超音波検査、心臓核医学検査を施行したこと、原告には心筋梗塞は認められないが異形狭心症及び肺気腫の疾患があり、異形狭心症の程度は中程度から高度と考えられ、肺気腫の程度は中程度であること、異形狭心症は非発作時は無症状であり、原告の心臓機能も安静時には正常範囲内で、呼吸苦、胸部不快感の原因となる心臓の拡張、収縮力の低下は認められず、原告の持続している症状(呼吸苦、めまい、胸部不快感)が異形狭心症で起きているとは考えられないこと、血液中の酸素の値からすると原告が訴えるほどの呼吸苦は発生しないこと、原告には異形狭心症、肺気腫だけでは状態を説明できない症状があり、その原因として神経症等の心因的なものがあると疑われること、などが認められ、同鑑定人は、右慈恵医大における検査の結果等から、原告について、胸部臓器の機能に著しい障害は残さないものの、「労務能力は特に軽易な労務以外の労務に服することができない」と判断していることが認められる。

そうすると、同鑑定人の鑑定結果によれば、原告の胸腹部臓器の機能障害及び労働能力の喪失の程度は、本件別表の第五級一以上には該当しないことになる。

これに対し、医師内山隆久作成の後遺障害診断書である甲第一号証には、原告の後遺障害は平成三年四月四日に固定し、その程度は労災保険障害等級の二級二―三号に該当するとの記載がある。しかしながら、原告は、本件訴訟において、右内山の証人尋問の申請をしないことから、同人に対する尋問が行われておらず、右診断の根拠等は必ずしも明確ではないこと、前記鑑定の結果をも考慮すると、右診断書に基づいて直ちに原告の症状が固定し、原告に右重度障害があると認めるには足りないと解すべきである。

また、甲第一〇〇号証によれば、原告は身体障害程度等級二級と東京都から認定されていること、甲第一〇六号証によれば、障害基礎年金を受給していること、甲第一〇四号証(身体障害者診断書・意見書(心臓機能障害用))には、原告の障害は身体障害者福祉法別表に掲げる障害の三級に該当し、障害確定日は平成五年一月一二日である旨記載されており、また、甲第一〇五号証(身体障害者診断書・意見書(呼吸器機能障害用))には、原告の障害は同法別表に掲げる障害の一級に該当し、障害確定日は平成六年四月ころである旨記載されていることが認められるが、右等級等が完全に本件別表に対応するものではなく、右各制度等と本件生命共済とは趣旨・目的を異にするのであるから、これらによって直ちに原告が本件生命共済にいう重度障害に該当すると認めることはできない。

その他、本件において、原告の現在の状態が本件生命共済にいう重度障害に該当すると認めるに足りる証拠はなく、かえって、乙第三ないし第八号証、第一〇、第一二号証、前記鑑定の結果を総合すると、原告の症状は、未だ、本件生命共済にいう重度障害に該当するとは認めることができない。

なお、原告は、鑑定人野本淳の鑑定の結果は、原告が歩いて病院に来たと考えていた点及びマスターダブル負荷心電図を施行していたとした点で誤った前提事実に基づいて出された不合理なものであると主張し、甲第九九号証及び原告本人尋問の結果によれば、同鑑定人が前提とした右各事実が誤りであった疑いが強いが、当公判廷における同鑑定人の供述によれば、右前提事実が違っている部分は、これにより判断が変わる可能性はあるものの、同鑑定人がみた現在の段階での障害の程度の判断には直接関係してこないことが認められるから、右認定を左右するものとはいえない。

4  したがって、結局、現在の原告には、本件生命共済のいう重度障害に該当する障害があると認めることはできない。

三  よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山﨑恒 裁判官窪木稔 裁判官柴田義明)

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